SaaS の成長率を測る KPI「Quick Ratio」とベンチマーク
- Quick Ratio とは一定期間に獲得した MRR と、同期間に失った MRR の比率を表す KPI です。
- Quick Ratio を使用すると、そのビジネスが持続可能なビジネスモデルがあるかどうかを一目で確認できます。
- ベンチマークだけでなく企業フェーズも合わせて理解することで、Quick Ratio を活用できます。
SaaS 事業をはじめ、サブスクリプションビジネスに舵を切る企業も増えてきています。従来の買い切り型のビジネスと異なり、顧客と企業の関係、収益構造が大きく変化しました。ビジネスモデルの変化に伴い、用いられる KPI も変化しています。
かつては事業の成長率の分析も、売上や新規獲得数といった KPI の伸びから判断することができました。
しかし、SaaS 企業においては、売上や新規獲得数ばかりを見ているとチャーンレートが高くなり、成長が頭打ちになってしまいます。収益の損失と増加の比率を示す Quick Ratio という KPI を用いることで、収益構造の健全性、成長性を分析できるようになります。
本記事では、SaaS 企業には欠かせない KPIである Quick Ratio とは何か、Quick Ratio のベンチマークについて解説します。
ダウンロード:Quick Ratio の重要性がわかる SaaS KPI 10選
目次
SaaS 企業に欠かせない Quick Ratio とは?
Quick Ratio とは、一定期間に獲得した MRR と、同期間に失った MRR の比率を表す KPI です。MRR の成長率がビジネスの量的な成長を示すものだとすると、Quick Ratio はビジネスの成長の健全性を示す KPI です。Quick Ratio を用いることで、ビジネスが健全かつ迅速に成長しているかどうかわかります。
Quick Ratio の計算には以下の4つの数値を用います。
- 新規 MRR :一定期間内に新しく獲得した顧客による MRR
- Expansion MRR :一定期間内でアップセルまたはアップグレードを通じて拡大した MRR
- Churn MRR :一定期間内で顧客がサービスを解約したことで失われた MRR
- Downgrade MRR :一定期間内で既存顧客がより低額なプランに変更したことで失われた MRR
Quick Ratio の公式は以下の通りです。
上記4つのメトリクスうち、最初の2つは MRR の増加に関するものであり、残り2つは全てのレベニューチャーンを表しています。このことからもわかるように Quick Ratio とは、SaaS 企業にとって最も重要な KPI である MRR とチャーンレートの比率を表しているものだとわかります。
SaaS 企業にとって Quick Ratio はなぜ重要か?
Quick Ratio が低い場合、チャーンによる収益の減少が重大な問題である可能性が高いことを意味します。ビジネスが成長段階にある場合、新規顧客の獲得が順調に進み、チャーンによる収益の減少をあまり問題視しないかもれません。しかし、新規顧客の獲得は規模の拡大に伴い徐々に難しくなり、よりコストのかかるものになってきます。
チャーンは MRR に対してー定の割合を維持しますが、時が経つにつれて、基本的に新規獲得 MRR やアップグレードによる成長率は縮小していきます。このため、新規獲得以上に既存顧客の維持に注力することが重要になります。
Quick Ratio を使用すると、新しく追加された MRR と失った MRR の2つの数値の割合はどうなっているのか、そして、そのビジネスが持続可能なビジネスモデルがあるかどうかを一目で確認できます。
また、チャーンレートとサブスクリプションビジネスの成長限界については、こちらの記事で解説しておりますので、ぜひ合わせてお読みください。
Quick Ratio のベンチマークとは?
前項では、Quick Ratio の計算方法について紹介しました。これで顧客データから Quick Ratio を算出できるようになりました。では、Quick Ratio はどのくらいであればいいのでしょうか?SaaS 企業での大まかな目安は以下の通りです。
Quick Ratio <1
そのビジネスは衰退の一途をたどっています。すでに良好な顧客ベースを持っている場合、1〜2ヶ月間は1未満の Quick Ratio を維持できますが、それより長くなると、解約によりビジネスの存続が不可能になっていきます。
1 <Quick Ratio<4
見かけ上、順調に成長しているように見えるかもしれませんが、失われた MRR を補うために常に高レベルの顧客獲得を維持しなければなりません。そのため、そのビジネスは成長しますが速度はゆっくりであり、そして徐々に非効率的になっていきます。
Quick Ratio> 4
成長率が高く、効率的に成長しています。アメリカの VC である Social Capitalは、Quick Ratio が4以上であることを SaaS 企業への投資の条件として置いています。実際に年間平均成長率が50%を超える SaaS 企業の Quick Ratio の平均値はおよそ4となっています。
以上が SaaS 企業における Quick Ratio の一般的なベンチマークとなります。
SaaS 事業ステージに伴う Quick Ratio の変化
しかしながら、Quick Ratio は会社の事業ステージによって大きく左右されます。一般的に事業が始まったばかりのステージでは解約も少なく、Quick Ratio は非常に高い水準で推移してきます。一方で、成長ステージの後半に位置するような大企業では、Quick Ratio >4を維持するのが難しいです。
以下は異なる Quick Ratio で20%成長していく企業の収益モデルです。
ステージ1:純成長
ステージ1では顧客がサービスの評価を行なっている段階、もしくはそもそも複数ヶ月の契約体系であるという理由から、チャーンは発生しません。そのため、Quick Ratio の公式の分母が0になってしまい、Quick Ratio を算出することはできません。したがって、ステージ1ではまだ Quick Ratio は意味を持ちません。
ステージ2:チャーンの開始
一部の顧客でチャーンが始まり公式の分母が算出され始めるため、Quick Ratio の計算ができるようになってきます。しかしまだチャーンする顧客は少ないため、Quick Ratio の値は2桁になり、ステージ2においても Quick Ratio はあまり意味をなしません。
ステージ3:アップグレードとダウングレード
ステージ3ごろから、初期の顧客群からのチャーンやアップグレード、ダウングレードが活発になり始めます。成長を促進しつつこのチャーンを制御することが、継続的な成長の鍵となります。このステージあたりから Quick Ratio が1桁の値を示すようになり、ビジネスの成長の質を測るための重要な KPI となってきます。
基本的に、事業立ち上げフェーズでは Quick Ratio は意味を持ちません。おおよそ立ち上げから1期目以降で重要となってきます。
まとめ
SaaS の収益は毎月どんどん積み上がっていきます。健全な成長を維持するためには新規獲得 MRR の伸びだけでなく、チャーンによる MRR の減収が問題ないか観測し続ける必要があります。Quick Ratio を計算することでこれらを可視化し、次なる打ち手を立案していくことができるようになるのです。
また SaaS ビジネスには、Quick Ratio だけでなく Sales Velocity や CAC Payback Period など、他にも重要な KPI が多数存在します。
「サブスクリプションビジネスの成功に欠かせない KPI 10 選」では、SaaS 企業ではどの KPI をチェックしていくべきか詳しく解説しています。ぜひ併せて活用ください。
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