2026年7月、Daniel Kornum氏はXで「AI’s Biggest Winners Have the Lowest Margins」という記事を共有しました。
低利益率の企業ほど、AIの最大の恩恵を受ける。
この主張には、二つの意味があります。
一つは、利益の薄い企業ほど、同じ利益効果が増益率を大きく動かすこと。
もう一つは、AIが生んだ価値が、AIを売る高粗利企業に残るとは限らないことです。
重要なのは、後者です。
AIが人の作業と企業間の調整を安くするなら、その価値は現場を動かす企業へ移ります。競争が進めば、価格と品質を通じて顧客へ移る。
その反対側では、これまで人の操作、席数、入力、業務の複雑さから利益を得てきたソフトウェアの取り分が小さくなりえます。
これは、AI市場がどれだけ大きくなるかという話ではありません。
AIが生んだ価値を、最後に誰が受け取るのかという話です。
低利益率は、AI価値の源泉ではない
まず、分母の話を終わらせます。
同じ3億円でも、元の利益に対する効き方は違う。
5億円に対する3億円は60%。60億円に対する3億円は5%です。
低い利益は、実現した価値を大きな増益率へ変えます。
しかし、低利益率であることは、3億円を生む理由ではありません。AIを実装できることも、空いた時間を利益へ変えられることも保証しない。
低利益率は、AI価値の源泉ではない。実現した価値を増幅する分母です。
利益が薄い企業ほど、変えられる費用は大きい
多くの低利益率事業では、売上の大半が、人件費、物流、仕入れ、顧客対応、確認、報告、引き継ぎに消えます。最後に残る利益だけが薄い。
この中でAIが変えられるのは、利益ではありません。利益になる前の費用です。
顧客との会話を探す。内容を社内へ伝える。システムへ入力する。案件を更新する。次の担当者へ引き継ぐ。会議のために数字を集める。判断に必要な情報がなければ、また人へ聞く。
一つひとつは小さい。しかし、顧客接点が多い会社では、毎日、全社で繰り返されます。
AIが会話を取り、文脈を読み、次の行動を判断し、実行し、その結果を記録へ戻せるなら、この調整コストは下がります。
重要なのは、AIの精度が何%上がったかではありません。
利益になる前の費用を、どこまで消せたかです。
生産性は、まだ利益ではない
AIが仕事を速くする証拠はあります。
NBER Working Paper「Generative AI at Work」は、5,179人のカスタマーサポート担当者への会話支援AIの段階導入を分析し、1時間あたりの解決件数が平均約14%増えたと報告しています。経験の浅い担当者では約34%改善しました。
Dell’Acqua氏らの研究では、AIの能力範囲内にある課題で、参加者は12.2%多くのタスクを完了し、25.1%速く作業しました。一方で、能力範囲の外ではAIが誤りを増やしうることも示されています。
ただし、速くなった時間は、そのまま利益ではありません。
空いた時間が待機へ変われば、費用は動かない。確認とやり直しが増えれば、原価は上がる。AIの利用料、移行費、監督費を引けば、価値が残らないこともあります。
AIの可能価値が利益になるのは、仕事の一部ではなく、文脈取得、判断、実行、記録までがつながり、空いた時間が処理量、売上、継続率、実費削減のいずれかへ変わったときです。
そこで初めて、低い利益率が効きます。
AIの価値は、競争を通じて顧客へ移る
利益率の低い市場では、一社だけが長く高い利益を取ることは難しい。
ある企業がAIで費用を下げれば、最初は利益が増えます。しかし、競合も同じ技術を使う。差がなくなれば、値下げ、品質、速度、利便性の競争が始まります。
企業が得た価値の一部は、やがて顧客へ渡ります。
だから、AIの恩恵を二つに分ける必要があります。
最初に受け取るのは、AIを実装し、費用を利益へ変えた企業です。
最後に受け取るのは、より安い価格、速い対応、高い品質を得る顧客です。
低利益率企業がAIの最大の恩恵を受ける、という主張が本当に強いのはここです。
AIの価値が、AI産業の中だけで循環しない。薄い利益で現場を動かしてきた企業を通り、実体経済と顧客へ流れていきます。
その反対側で、何が削られるのか
AIが新しい価値を生んでも、その配分は均等ではありません。取り分が増える側があれば、従来の取り分を守れなくなる側もあります。
AIが入力、更新、確認、要約、引き継ぎを安くするなら、それらを管理するために買っていたソフトウェアの価値も変わります。
企業ソフトウェアは、長く、人が画面を開き、項目を探し、情報を入力し、レコードを更新することを前提にしてきました。利用者の数が増え、業務が複雑になるほど、席数と機能は増えていきました。
しかし、AIが人に代わって複数のシステムを読み、書き、仕事を進めるなら、必要な画面も、手作業も、席数も減ります。
記録を残す基盤は必要です。なくなるわけではありません。
それでも、人の操作と業務の複雑さが小さくなれば、そこから生まれていた高い粗利まで同じ形で残るとは限らない。
AIが安くするのは、作業だけではない。作業を管理するために買っていたソフトウェアもです。
最大の恩恵を受けるのは、誰か
低利益率だから、AIの勝者になるわけではありません。
大きな調整コストを持ち、その仕事をAIで変え、空いた時間を利益へ変え、競争に渡る前に回収できる企業が、最初の受益者です。
競争が進めば、その価値は顧客へ移ります。
そして、人の操作、席数、入力、業務の複雑さから高い利益を得てきた側は、同じだけの取り分を守ることが難しくなります。
最後に受け取るのは、現場を動かす企業と、その顧客である。
問うべきは、AIを誰が売るかではありません。
その価値が、どこへ流れ切るかです。
出典
- Daniel Kornum — “AI’s Biggest Winners Have the Lowest Margins”を共有したX投稿
- NBER Working Paper 31161 — Generative AI at Work
- Dell’Acqua et al. — Navigating the Jagged Technological Frontier, Organization Science
引用の境界:上記研究は、特定業務における生産性効果と、AIの能力範囲による効果の違いを示しています。低利益率企業の利益、企業価値、持続的優位や、高粗利ソフトウェアへの価値移転を直接立証するものではありません。後半は、AIが生んだ価値の行き先に関するMagic Momentの分析です。
AIが生んだ価値を、現場の利益へ変える。
顧客接点に残る調整コストを特定し、実行と価値回収までを設計します。